文章のねじれを正す

文章を書く上での文法的な間違いとして「文章のねじれ」があります。

文章がねじれるの?と耳慣れない方もいらっしゃるかもしれませんが、文章を作り始めた幼い子供か、作り慣れてかなり複雑な文章を作る時のいずれかに生じる誤りです。

どんなものなのか、その正し方も含めて、見ていきましょう。

ねじれ文とは

文章は主語と述語によって成り立っています。

この、主語と述語の関係が成り立たなくなっているのが「ねじれ文」です。

ごく単純なねじれ文とは以下のようなものです。

例:私の日課は、毎日4社の新聞全てに目を通します。

読んでみて、ちょっと違和感をかんじませんか?

この場合、「日課は」という主語に対して、「通します」が述語になっていることが違和感の原因です。

正しい文章に直してみましょう。

正:私の日課は、毎日4社の新聞に目を通すことです。

「日課は(~する)ことです」という文章にすれば、主語と述語の関係が成り立ち読む人にとってスムーズです。

このように、主語に即した述語が使われていないことを文章のねじれと読んでいます。

なぜねじれが起こるのか

どうして文章を書いていると、ねじれ文になってしまうことがあるのでしょうか?

文章には単文、複文、重文、という3つの種類があります。

主語と述語がそれぞれ1つであるものを単文、複数の主語と述語が入れ子の関係になっているものを複文、複数の主語と述語が並列関係にあるものを重文、と呼んでいます。

複文:母が材料からこだわって作ったケーキが焼き上がりました。

重文:枝に咲きこぼれる桜は見事だが、奥ゆかしい香りが魅力の梅も捨てがたい。

複文や重文のように文章が複雑化し、文章同士の前後の関係が増えて連なるにつれて、日本語の厄介な特徴である、主語の省略が起こってきます。

この主語の省略が文章のねじれの1つの引き金になっています。

更に日本語が難しいのは文章がねじれていても、何となく意味が通ってしまうことがあるからです。

場合によっては、意味が通ったように感じたけれど、書き手の意図を実は汲めていなかったということも起こります。

これは当然、書く側に責任があると言えます。

ねじれ文を作らないために

ねじれ文を書かないようにするためには、どうしたらいいのでしょうか。

まずは主語と述語の関係をはっきりと自覚しながら書くことです。

日本語として自然な文章を書くために、主語を省略したとしても、読み手が難なくその主語を正しく補えるかどうか、十分に検討する必要があります。

また、複雑な文章になってしまったときや、抽象的な物事を書く時は、焦って1つの文章に多くを詰め込み過ぎないようにしましょう。

主語と述語の関係を整理して、無理に1文にまとめようとせず、丁寧に段階的にいくつかの文章を組み合わせて、要旨が分かる文章にしましょう。

そのために大切なことは、書きあげた文章を音読してみることです。

声に出して読んでみることで、ねじれの違和感に気づくことが少なくありません。

更に可能であるなら、第三者に読んでもらい、意味が通じているかどうか確認してもらえば、より良い文章になります。

文章は書いているうちに、自分目線になり過ぎることがあります。

伝えたいことがある時には特に、言葉の数が多くなり、1文に物事を詰め込み過ぎることが多くあります。独りよがりの文章ではなく、常に読み手を意識して書くことを心がけたいものです。

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